暮らしのなかの身近な放射線

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放射線の具体的な利用例

その2. モノに(弱い)放射線を当てて、内部の情報を得る(透視)。❹(弱い)放射線で内部を透視する!
  • 工業計測

  • CT検査

  • 非破壊検査

  • など

 対象物を透過して検出器に届いた放射線の飛来方向や強度などを測定し、対象物の内部での放射線の減衰や散乱などの情報を得ることによって、物体内部の構造や組成を推定できる。
 エンジンや大型工作物、建築物の非破壊検査、製鉄所の熱間圧延機から繰り出される赤熱した鋼板や製紙工場の抄紙機を高速で流れる紙などの厚さ計、化学プラントにおけるタンクの液面計、食品工場での異物混入検査、医療でのX線透視やCT(Computed Tomography, コンピュータ断層撮影法)スキャンなどに利用される。

 単なるX線透視ではなく、有機物を構成する炭素、窒素、酸素などの軽元素と鉄などの金属元素に対するX線の作用の違いを利用し、軽元素で多くなるコンプトン効果による後方散乱X線を検出して手荷物や貨物コンテナに隠された麻薬や爆発物を探知する技術もある。

 中性子ラジオグラフィでは、X線と中性子線の透過特性の違いによって、X線透視とは相補的な情報が得られることを利用し、金属内部の水素原子(水や有機物など水素を含む化合物)のイメージングが可能である。具体的には、原子炉燃料や火工品の内部の検査、航空機の翼やタービンブレードの腐食検査、運転中の内燃機関内の燃料や潤滑油の観察、コンクリート構造物中の水分状態の可視化、美術品や考古学資料の非侵襲的な観察などが実用化されている。

その2. モノに(弱い)放射線を当てて、内部の情報を得る(透視)。❺(弱い)放射線の発生源で印をつけて追跡する!(トレーサー利用)
  • PET検査

  • など

 動植物にトレーサー(追跡子:ある物質の動きを調べるために加えられた、その物質と同じ動きをする目印)として放射線発生源(RI)を投与し、そのRIから体内で放出された放射線を体外から検出することによって、その発生源の位置とその変化(動態)を把握できる。医療では核医学検査として必要不可欠な技術となっている。
 よく知られた例では、Tc-99mが半減期6時間で崩壊して放出するガンマ線を検出してがんの骨転移の診断などに利用するSPECT(Single Photon Emission Computed Tomography, 単一光子断層撮影法)や、半減期110分の陽電子放出核種であるF-18でブドウ糖を標識したフルオロデオキシグルコース(FDG)を投与し、放出された陽電子(ポジトロン)が体内の電子と出会って消滅する際に発する対消滅ガンマ線を検出することで、ブドウ糖を旺盛に取り込むがん細胞の存在とその位置を把握するPET(Positron Emission Tomography, 陽電子放出断層撮影法)がある。

 これらの画像診断は核医学イメージングと呼ばれ、細胞の機能やがん細胞の悪性度に依存したRIの取り込み量の違いを可視化するものである。体内組織の形態的特徴を高精細に可視化できるX線CT画像と組み合わせてがんの早期発見に役立っている。

 がん診断の他にも、脳や心筋の血流量や酸素消費量、アミノ酸や神経伝達物質の代謝など、様々な検査に様々なRI製剤が使われている。
 最近では、投与したRI標識薬剤から放出されるγ線を体外で検出してその薬剤のがん患部への集積をモニターするとともに、同時に放出されるβ線やα線の細胞致死作用によってがん組織だけ、あるいは薬剤が取り込まれたがん細胞だけを死滅させる、といった診断と治療を兼ね備えた使い方も始まっている。
 生体から採取した試料を用いたインビトロ検査、すなわちホルモンなど極微量の特定物質の生体内での挙動を試験管内で測定する検査でも、I-125などのRIを用いた放射免疫測定法(ラジオイムノアッセイ法)もRIのトレーサー利用である。
 医学以外の基礎科学分野でも、極微量のRIで標識した分子や原子の行方をそれが発する放射線で追跡するトレーサー実験は数多くの科学的発見をもたらした。例えばC-14で標識した二酸化炭素を用いた光合成における炭酸固定反応(カルビン・ベンソン回路)の全貌解明や、P-32とS-35で標識したファージを用いてタンパク質ではなくDNAが遺伝物質であることを証明したハーシーとチェイスの実験など、いずれも1950年代の古典的な実験である。
 以前はトレーサー実験と言えばRIを使うものと決まっていたが、最近は分析技術の進歩により、安定同位体や蛍光色素による標識に置き換わりつつある。