暮らしのなかの身近な放射線

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[コラム]放射線の発生源を作る!(核反応で元素変換)

 放射線源として用いられるRIは、20世紀前半には天然のウラン系列の鉱石から抽出精製したラジウムに限られていた。
 その後、原子炉の利用が可能になると、核分裂生成物の中からの抽出精製や、原子炉内での中性子照射による安定同位体の核変換によって、目的とするRIの製造が可能になった。
 さらに、加速器で発生させた陽子線やイオンビームを標的に照射し、ビームと標的元素の組み合わせと加速エネルギーの正確な調整によって効率的に核反応を起こし、多彩なRIを選択的に製造する技術も登場した。
 原子炉内で製造されたRIは、通常は中性子の数が過剰な核種であり、Co-60、Mo-99、Sr-89、I-131のように電子を放出してβ-崩壊する。一方、加速器で陽子線を照射することにより、逆に陽子の数が過剰でβ+崩壊するC-11、N-13、O-15、F-18などの陽電子放出核種を製造することができる。

 H-1から始まり右上方向に連なる青色の安定核種(安定同位体)をエネルギーの谷間とすると、その両側の斜面が不安定な放射性核種である。谷間の右側斜面は中性子数が過剰なβ-崩壊核種、谷間の左側斜面は陽子数が過剰なβ+崩壊(陽電子放出)核種、それぞれ半減期の長さで色分けされている。

Mo-99/Tc-99mの供給危機

 核医学検査のSPECT で使用されるTc-99mは、従来は原子炉内で安定同位体のMo-98からMo-99を製造し、それが半減期66時間でβ崩壊して生じる娘核種Tc-99mを分離精製(ミルキング)して得ていた。しかし、Tc-99mの親核種であるMo-99は、海外の原子炉で高濃縮ウランを用いて製造されているため、2010年4月のアイスランド火山噴火による欧州からの供給の途絶や、カナダの原子炉の老朽化によるトラブルでの停止などにより、将来の安定供給に懸念が持たれている。そのため、加速器中性子(加速器で発生させた陽子線や重陽子線をベリリウムなどの標的に当てて核反応によって間接的に発生させた中性子)によるMo-99の製造法や、Mo-99の崩壊で得るのではなくMo-100に陽子線を照射して核反応によって直接Tc-99mを生成させる方法などの研究が行われている。

実は身近なRIの製造・運搬

 公益社団法人日本アイソトープ協会が公表している放射線利用統計やアイソトープ等流通統計によれば、意外に多くの密封・非密封の放射性同位元素や試薬、放射性医薬品が製造・運搬・利用されていることがわかる。
 2019年現在、放射線障害防止法(2019年9月、放射性同位元素等の規制に関する法律(略称:RI規制法)と改題)に基づいて原子力規制委員会からRIまたは放射線発生装置の使用を許可された施設(許可事業所)の数は全国で2,211事業所、比較的少量のRIだけの使用を届け出た施設(届出事業所)は5,397事業所である。事業所の内訳は、医療機関、教育機関、研究機関、民間企業、その他の機関に分類され、数としては民間企業が最も多いが、利用形態を見ると民間企業では密封線源のみの利用が、医療機関では密封線源と放射線発生装置の利用が、教育機関と研究機関では非密封線源の利用が主となっている。
 上述の「届出事業所」よりもハードルの低い利用形態として、放射線取扱主任者の選任が不要な「表示付認証機器の使用届出」という範疇がある。「表示付認証機器」には厚さ計、レベル計、水分計、ガスクロマトグラフ、静電除去装置、爆発物・薬物検知器および校正用線源が含まれ、これらの使用事業所の大半は民間企業(使用届出台数計14,066台のうち、民間企業で9,016台)である。
 研究用のRI試薬や医療用のRI製剤に用いる非密封RIの供給量は、2019年度は全ての核種の合計で約2.2 TBq(テラ・ベクレル:2.2×1012 Bq)であった。その供給先は教育機関が全体の78%を占め、研究機関の12%、民間企業の9.8%と続く。
 一方、照射装置や検査機器用の密封RIの供給量は、2019年度は全ての核種の合計で約111.7 PBq(ペタ・ベクレル:111.7×1015 Bq)であった。その99%以上はCo-60であり、Ir-192の0.7 PBq、Cs-137の2.1 TBqなどが続く。その供給先は、民間企業が全体の96.5%を占め、研究機関の2.0%、医療機関の1.5%と続く。
 ちなみに、東京電力福島第一原子力発電所の事故で放出されたCs-137量は、「総じて6〜20 PBqの範囲内(チェルノブイリ事故のおよそ20%)にあった」と推定されている。
 上記の密封RI供給量を放射能量(Bq)ではなく個数で集計すると、2018年度には合計212,529個のうち、I-125の197,704個が最も多く、Am-241の8,049個、Ni-63の2,000個、Ir-192の1,904個と続く。その2018年度の日本アイソトープ協会からのRIの出荷梱包数は計7,399個、その中でも表面における線量等量が5μSv/h以下で容易に安全に取り扱えるL型輸送物が4,521個であった。一方、原子力規制庁の資料では、H27年(2015年)のL型輸送物の国内の輸送個数は21,985個であった。
 これだけのRI梱包物が自動車や飛行機で頻繁に輸送されているのであるから、当然、輸送中の交通事故も発生している。1985年8月12日に群馬県上野村山中に墜落したJAL123便にもアイソトープ協会と医薬品メーカーから出荷されたRI(H-3、C-14、P-32、Ga-67、Mo-99、I-131等)がL型輸送物74個およびA型輸送物18個、計92個積載されており、放射能量は合計6 GBq、その大半(全体として64.8%)は回収され、同年10月11日に最終的な調査が行われ、環境への影響はないことが確認されたという。
 このように、実は意外に身近なところにも多くの人工的な放射線源が存在しているが、そのリスクは線源の量(Bq)と被曝線量(Sv)で決まるものであり、試薬の塩化カリウムや市販の「減塩しお」や乾燥昆布、モナズ石などの天然の放射線源のリスクと質的な違いはない。放射線源だから危険という訳ではなく、あくまでも受ける線量の問題である。安全か危険か、白か黒かの決めつけで必要以上に神経質にならず、「線量」に基づいて冷静に判断すべきである。