暮らしのなかの身近な放射線
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放射線の具体的な利用例
その1. (強い)放射線でモノの性質を変える!❶他の分子と繋げる(橋かけ)
ゴムやプラスチックなど、非常に長い分子(高分子)でできている素材に放射線を当てると、内部の分子鎖のところどころに活性点ができる。
近くにできた活性点と活性点の間で橋かけ(架橋)反応が起きるように条件を整えると、それまでバラバラだった高分子の鎖が互いに繋がって、三次元的な網目構造ができる。
➡応用例1:ラジアルタイヤ
自動車のラジアルタイヤで使われるボディープライ(繊維で補強されたゴムベルト)に放射線照射することにより、ゴム分子間が架橋されて弾性が増す。これにより、加熱・加圧してゴムタイヤを成形する際の繊維のズレやはみ出しを抑制することができ、市販のラジアルタイヤの大部分に使用されている。
➡応用例2:耐熱電線
電線の絶縁材料としてその外側を被覆しているポリエチレンやポリ塩化ビニルは、加熱すると流動性が増し、高分子の鎖と鎖が互いにズルズル滑って、茹でたてのスパゲッティのように流動して変形してしまう。
しかし放射線照射で架橋すると、高温でも流動せず、電線を被覆するときの製造温度をはるかに超える高温まで電気絶縁性が保持できるようになる。これによって、電線の使用可能な温度の上限が上がり、安全性が確保されている。
➡応用例3:発泡ポリオレフィン
ポリウレタンのスポンジ材料やポリスチレン発泡体は従来技術で製造できるが、ポリエチレンやポリプロピレンでは発泡体の製造が困難だった。しかし、放射線架橋することによりポリプロピレンなどのポリオレフィン高分子についても発泡させることが可能となった。
家庭の風呂や台所用マット、医薬品容器の蓋のパッキング材などの緩衝材料、サーフボードや水泳用ビート板、自動車内装材などの軽量・浮力材料、冷暖房機器配管や建築用の断熱材料など生活用品から産業資材まで多岐にわたって利用されている。
➡応用例4:熱収縮(形状記憶)樹脂
ポリエチレンやポリ塩化ビニルのチューブやシートを室温前後で放射線照射して網目状に架橋した後、室温で力を加えて引き伸ばし、最初よりも大きな径のチューブや広げられたフィルムなどの製品にする。製品の内部では無理に引き伸ばされた網目状の分子鎖に引っ張りの力が働いている。この状態で熱風を当てるなどして再び融点以上に加熱してやると、架橋した時点、すなわち引き伸ばされる前の元の形状に戻ろうとしてゴムのような弾性で収縮し、冷めると収縮したまま固化する。
この熱収縮(形状記憶)特性を利用して、チューブ状の製品(熱収縮チューブ)は電線の接続部分や端末の絶縁保護などに、フィルム状の製品は食品等のシュリンク包装などに使用されている。
生分解性樹脂のポリカプロラクトンは乳白色のプラスチックで、60℃以上の温水に浸すと柔らかく透明になって溶ける。しかし放射線照射で架橋しておくと、温水中では透明になっても溶けず、引っ張るとゴムのように伸びる。伸ばしたり捻ったり好きなように変形させた状態で室温まで冷ますと、変形したまま白く固まるが、再び温水に浸けて透明になるまで温めると弾性を取り戻して瞬時に元の形状に戻る!
この「形状記憶樹脂」は、子どもたちに驚きと関心をもたらす学校教材として製品化されている。
➡応用例5:ハイドロゲル創傷被覆材
ハイドロゲルは網目構造内に多量の水を含有する親水性ポリマーである。放射線照射による架橋反応では、架橋剤を使用しないため未反応の架橋剤が残留する心配がなく、短い反応時間でピュアな(滅菌済みの)ハイドロゲルを調製できる。
ポリビニルアルコールを主原料としたハイドロゲル創傷被覆材「ビューゲル」が傷を湿潤環境で治療する製剤として医科向けに販売され、靴擦れ用緩衝材「ジェルプロテクター」が一般の薬局等で販売されている。