暮らしのなかの身近な放射線

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放射線の具体的な利用例

その1. (強い)放射線でモノの性質を変える!❸分子を切る(切断)
  • 殺菌・減菌

  • 発芽防止

  • 害虫防除

  • 輸血用血液製剤

  • がん治療

  • 品種改良

  • など

照射によって生じた活性点のところで、架橋反応でもなく、グラフト重合でもなく、高分子鎖の切断を導くこともできる。

➡応用例1:テフロンの放射線分解と固体潤滑剤としての利用
 代表的なフッ素樹脂であるポリテトラフロロエチレン(PTFE、テフロン)は放射線照射によって分子鎖の切断が起こり、機械的な粉砕により微粒子に変わる。
 この微粒子は固体潤滑性に優れており、印刷インクなどの固化防止剤やプラスチック加工の滑剤として利用されている。テフロンの放射線分解は熱分解と異なり、ほぼ均一な分子鎖切断が可能であり、その切断の間隔を任意に調整できることが特長である。

➡応用例2:DNA鎖の切断と生物効果の利用
 DNAは、タンパク質やセルロースなどと同様に生体内に存在する高分子であり、照射によって生じた活性点のところで、あるいは生体内にあっては水の放射線分解産物としての各種のラジカルとの反応によって、DNA鎖の切断が生じる。
 DNAと同様にタンパク質や多糖類の高分子鎖の切断も生じるが、DNAは生物の遺伝情報の継承と発現を担う極めて巨大な高分子であり、細胞の分裂・増殖のたびに正確に複製され分配される必要がある。そのため、すべての生物はDNA鎖の切断を直ちに修復する能力を備えている。(生体内で『修復』される高分子はDNAだけ!他の分子は全て使い捨て、壊れた分子は分解されてリサイクル)
 しかし、生物の持つ修復能力を超えて、DNAを一気に何か所も切断することで、細胞の分裂阻害や細胞死を導くことができ、放射線殺菌・滅菌(細胞致死)、がん治療やジャガイモの芽止め(細胞分裂阻害)、植物検疫処理や野外の害虫根絶(生殖細胞の分裂阻害による不妊化)として利用されている。
 一方、DNA鎖の切断が修復され、細胞分裂が可能となって子孫にも遺伝情報を継承できた場合でも、何らかの修復ミスによって遺伝情報の一部が変化して子孫に伝わることがごく稀に起こる。この現象すなわち「突然変異」は、生物の進化の原動力であるが、意図的な照射によって農作物や花卉類、産業微生物などで変異の誘発を期待する放射線育種(品種改良)にも利用されている。
【図】「放射線の利用例と線量」の中で「滅菌」から「がん治療」までの赤い文字で示した利用例は、すべて放射線の生物効果を利用するものである。それぞれに必要な線量の値の幅広さ(数Gy〜数十kGy)に注目してほしい。
  それらの中から、線量の高い方から順に、いくつか身近な例を紹介する。

 医療器具以外にも、医薬品原料、衛生用品、実験動物用飼料、無菌充填用PETボトルなどの食品容器類の非加熱滅菌にも放射線が使われており、国内でも複数の商用照射施設が稼働している。

どんな電離放射線にも殺菌・滅菌作用があるが、滅菌処理に使われるのは主として放射性同位元素Co-60が出すγ線と加速器で発生させた電子線である。
 γ線は透過力が大きいので、厚いものや大きいものを均一に処理するのに適している。逆に、電子線は、線量率はγ線の約1,000倍も高いが、透過力が水中で数cm以下と小さいので、薄いシート状の製品やプラスチック容器のように嵩密度の小さいものを高線量率でベルトコンベア式に連続照射するのに適している。電子線の透過力の弱さを逆手にとって、対象物の表面だけを選択的に照射することで無用の劣化を防ぐ方法もある。加速器の電源を切ればすぐに電子線の発生が止まる点もγ線と異なる。
 最近では、5〜10 MVの加速器で発生させた電子線を重い金属標的に当てて発生させる制動X線(変換X線)も使われ始めている。Co-60のγ線(1.17/1.33 MeV)よりもエネルギーの高いX線はさらに透過力が高く、電源を切れば発生が止まる点も優れている。言わば、治療用X線発生装置の大型版である。

 照射室は放射線を遮蔽するための厚いコンクリート壁などで囲われ、外部への影響はない。照射室の出入りに関しては照射室内の線量モニターやインターロックなどの安全設備によって作業員の被曝事故を防ぐ仕組みになっている。照射前の製品と照射後の製品が混ざらないように厳重に区別するためのエリアの区分けや、製品と一緒に線量計を照射して読み出した値を記録あるいは製品に添付することも求められる。